第三紀 悪疫が猛威をふるう -ロードオブザリング全史-

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ロードオブザリング
Great Plague - Tolkien Gatewayより引用

1490年 アルダミアがゴンドール23代目の王になる。

エルダカールの次男だが、本来の王位継承者である兄オルネンディルがカスタミアに殺されたため、父の死後にゴンドールの王位を継いだ。

 

1540年 アルダミアがハラドリム及びウンバールの海賊と戦って討ち死にする。

ヴィンヤリオンがゴンドール24代目の王になる。

 

1551年 ヴィンヤリオンがハラドリムを破って父アルダミアの仇を討ち、ヒャルメンダキル二世を名乗った。

 

1600年 マルコとブランコの兄弟がバランドゥイン川に渡り、対岸に住み着き、多くのホビットが後に続いた。

 

1601年 アルセダイン10代目の王のアルゲレブはマルコとブランコの兄弟に率いられたホビットに、後にホビット庄となる土地を与えた。

 

1621年 ミナルディルがゴンドール25代目の王になる。後の執政家の祖となるフーリンを執政に任命した。

 

1630年 この頃、褐色人の国から北上したストゥア族がホビット庄に加わる。

 

1634年 カスタミアの曾孫アンガマイテとサンガヒャンドが率いるウンバールの海賊によってペラルギアは荒らされ、ミナルディル王は殺害された。

テレムナールがゴンドール26代目の王になる。

 

1636年 悪疫が猛威をふるう。致死性の高い伝染病で、各地に甚大な被害を出した。

流行地域はゴンドールからロヴァニオン及びエリアドールへと北上していった。

当時のゴンドールは1634年にミナルディル王がペラルギアでウンバールの海賊に殺されたばかりだった。

この疫病により人口の密集した都市部を中心にゴンドール人が大勢死んだ。特に王都オスギリアスの被害が酷かった。

当時のテレムナール王も病死し、彼が死ぬとミナス・アノールの白の木も枯死した。テレムナールの子らも全員病死したため、王位は甥のタロンドールが継いだ。

彼はゴンドール王最長の162年の治世を悪疫からの復興に捧げることになった。

 

北国人は大きな都市を作らず、開けた土地に住む民だが、冬は人馬ともに家や厩に籠って寒さをやり過ごすので、屋内での感染を引き起こした。

また彼らの医薬の術は、ヌーメノール由来のゴンドールのそれに比べると劣っていた。結果、悪疫によりロヴァニオンの民とその馬の半分以上が死んだ。

ブリー郷からホビット庄へ入植したばかりのホビットも多数の死者を出した。これがホビット庄暦37年のやみ病大流行である。

カルドラン国も住民のほとんどが死に絶えた。これによってカルドランのドゥーネダインは滅び、塚山丘陵にはアングマールとルダウアからやってきた悪霊(塚人)が棲み着くようになった。

 

悪疫は自由の民だけでなく、サウロンと繋がる彼らの敵にも被害を与えたのだが、流行した時期はドル・グルドゥアの影が強まり、多くの悪しき者たちが再び出現した時と重なっていた。

その為、力を増したサウロンが(自らの下僕達の犠牲を承知の上で)かつての本拠地であるモルドールに対する監視を解くために、疫病を引き起こしたと考えられている。

 

1640年 悪疫によりオスギリアスから東のイシリアンや西の谷間の国々へ逃げ延びたゴンドール人の多くはその後も都に戻ろうとはせず、オスギリアスは半ば廃墟と化した。

タロンドールは人口が希薄になり、荒廃し始めたオスギリアスからミナス・アノールへ王宮を永久的に移した。

同時にテレムナールと共に枯死した白の木の代わりに、その実生をミナス・アノールの城塞に植えた。

タロンドールはゴンドール王としては若くで即位したため、在位期間は歴代ゴンドール王の中で最長の162年間となった。

だがその治世では悪疫からの復興と、国力の回復以上のことは成しえなかった。

また、アタナタール・アルカリンの治世からゴンドールによるモルドールへの監視は疎かにされていたが、悪疫がもたらした国力の疲弊と人口減少による人手不足から、ついに監視は中止され、国境の山道を守る砦が無人と化した。

後に監視のないまま放置されたモルドールにはナズグールたちが入り込んで力を蓄え始めることとなる。

 

1810年 ゴンドール28代目の王、テルメフタールはゴンドールの沿岸部を荒らす海賊に対抗し、ウンバールを襲撃した。

彼は同地を奪取してカスタミアの子孫を滅ぼし、クウェンヤで「ウンバールの征服者(Conqueror of Umbar)」を意味するウンバールダキルの称号を名に加えた。

ウンバールは一時的にゴンドールが領有するところとなった。

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