ロードオブザリング登場人物のその後 主要キャラクター編

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ロードオブザリング
映画ロードオブザリングより引用

ロードオブザリングの登場人物が映画で描かれたラストの後、どのような生涯を過ごしたのかをまとめていきます。

本日は指輪の仲間以外の主要キャラクターについてまとめていきます。

 

1、エオメル

ローハンの新たな王(エオル王家の第三家系)として即位し、エオメルとローハンはエレスサール王からあらためてカレナルゾンの地を永久に与えられ、その同盟の誓いを新たにします。

指輪戦争終結後もエオルの誓いを果たすためにロヒアリムの軍勢を指揮し、エレスサール王の軍とともに、西方世界の敵たちと戦いました。

ローハンは待ち望まれた平和を謳歌できるようになり、人口も馬の数も増えました。

第三紀3021年にはイムラヒル大公の娘ロシーリエルと結婚し、後に息子エルフウィネが生まれました。

晩年の第四紀63年の春、エオメル王はもう一度ホルドヴィネに会いたい旨の伝言をバック郷に送り、すでに老齢だが矍鑠としていたメリアドク・ブランディバックをペレグリン・トゥックと共に呼び寄せます。

その年の秋に、二人のホビットに看取られて崩御しました。

エオメルの治世は長命王アルドールに次ぐ65年に及び、王位は息子のエルフウィネが継承しました。

 

2、ファラミアとエオウィン

ミナス・ティリスの療病院に留まっていたファラミアは、そこで同じく黒の息から救われたエオウィンに出会い、彼女に惹かれるようになります。

そして指輪所持者の使命が達成された日、彼女はファラミアの愛を受け入れ、戦い以外にも望みを持てるようになりました。

デネソール2世の死後、統治権を持つ執政としてファラミアが行った最後にして唯一の職務は、王の帰還を受け入れることでした。

ミナス・ティリスの大門の前で執り行われたエレスサール王の戴冠式を司ったファラミアは、エレスサール王によって改めて執政に任じられます。

エレスサール王は、執政ファラミアをイシリアンを治めるイシリアンの大公に封じ、執政家の父祖の地であるエミン・アルネンに住まうようにしました。

そしてセオデンの葬儀が執り行われ、その日の追悼宴の最後に、エオメルからエオウィンとファラミアの婚約が発表されます。

二人の間には息子のエルボロンが生まれました。さらにエルボロンの息子であり、ファラミアとエオウィンの孫にあたるバラヒアは「アラゴルンとアルウェンの物語」を執筆しました。

 

3、ガラドリエルとケレボルン

一つの指輪が破壊されサウロンが滅ぼされると、ガラドリエルはケレボルンが指揮するロスローリエンの軍勢と共に進み、ドル・グルドゥアの要塞を破壊して浄化しました。

その後ガラドリエルは第三紀の終わり3021年9月22日に、他の三つの指輪の守護者と指輪所持者たちとともに灰色港よりアマンへ去りました。

彼女はヴァラールに反抗して中つ国へと向かったことの浄罪として、アマンの大陸ではなくトル・エレッセア(離れ島)にとどまったといいます。

ケレボルンはガラドリエルが去った後も中つ国に留まります。

ガラドリエルが去った数年後、ロスローリエンの己が領土に倦んで裂け谷へ赴き、エルロンドの息子たちと共に暮らしたそうです。

『指輪物語』序章には、ガラドリエルやエルロンドが中つ国を去った後、ケレボルンは中つ国の上古を記憶している最後の人物になったとの記述があります。

ケレボルンが灰色港から中つ国を去ったのがいつのことであったのかは記録にありません。

 

4、スランドゥイル

指輪戦争終結後にケレボルンと闇の森の真ん中で会見を行い、二人は闇の森をエリン・ラスガレンすなわち「緑葉の森」と改名し、スランドゥイルは闇の森山脈より北の森を自国領としました。

スランドゥイルとその民の森エルフたちは、第四紀に入ってからもエリン・ラスガレンで落ち着いて暮らしていたようです。

 

5、エルロンド

人間の運命を選択したアルウェンとエルフの運命を選択したエルロンドは、世の終わりまで別れることになります。

エルロンドはエドラスでアルウェンと最後の別れを交わし、裂け谷へ戻りました。

やがて三つの指輪の力が失われてゆくと、ついに中つ国に倦み疲れたエルロンドは、第三紀3021年(第三紀最後の年)9月29日、他の指輪の守護者および指輪所持者と共に灰色港に赴き、アマンへ船出して中つ国を去りました。

 

6、アルウェン

エレスサール王として戴冠したアラゴルン二世と挙式し、以降は再統一された王国の王妃として栄光の時を過ごします。

しかしそれは、アルウェンが中つ国を去ってアマンへ赴く権利を放棄することであり、人間と同じく限りある命しか持たぬ身となること、また父であるエルロンドら同族との、世の終わりのまで続く別れを意味していました。

アルウェンはフロド・バギンズとの別れに際して彼が受けた傷を案じ、もし傷が癒えない時は自分の代わりに西方へ渡るようにと、首にかけていた白い宝石を彼に与えました。

第四紀120年、ラス・ディネンでエレスサール王の今際を看取ったアルウェンは子供達や親しかった者に別れを告げ、ミナス・ティリスを去ります。

そして、ガラドリエルやケレボルンが去って沈黙の地となっていたロスローリエンに赴いて冬が来るまで一人で暮らし、最後はかつてアラゴルンと婚約した場所であるケリン・アムロスに身を横たえたといいます。

 

 

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